東京高等裁判所 昭和37年(ツ)173号 判決 1963年12月10日
上告人 控訴人・被告 入山キクヱ 外二名
訴訟代理人 設楽清胤
被上告人 被控訴人・原告 湘南倉庫運送株式会社
訴訟代理人 石川功
主文
本件上告をいずれも棄却する。
上告費用は上告人等の負担とする。
理由
上告人代理人等は「原判決を破毀し、本件を原裁判所に差戻す、」との判決を求め、その理由として、末尾添付上告理由書記載のとおり主張した。
上告理由第一点について。
国有財産のうち普通財産は国の私産の性質を有し、これに私権を設定することができる(国有財産法第二十条)のであるから、普通財産の有償貸付の性質は賃貸借契約であると解するを相当とする。従つて、建物の所有を目的として普通財産である土地の貸付契約がなされた場合には、借地法の適用があるものと解すべきであるが、国有財産法は国有財産の管理の公正を期するため、その貸付について特別の定めをなしているのであるから、この限度においては同法の規定が優先して適用せらるべきものと解するを相当とする。国有財産法第二十一条は普通財産の貸付期間を限定しているが、その貸付期間はこれを更新することができると規定し、かえつて、更新を禁止する旨の特別の規定は存しないのであるから、法定更新に関する借地法第六条は普通財産である土地の貸付契約についても当然に適用せられ、たゞ更新後の借地期間については前記国有財産法第二十一条の特別の規定があるため、借地法第六条第一項後段、第五条の適用がなく、前契約におけると同一の期間となるものと解すべきである。
原判決の判示によれば、原審は本件土地を含む旧第二海軍航空廠跡の土地五万五千五百七坪一合はもと国の所有で、戦後雑種財産(現行国有財産法の普通財産)に変更せられ、国は訴外合資会社清和コルク工業所に対し、本件土地を相当額の貸付料を徴収し、借地期間を昭和二十五年四月一日から昭和二十七年三月三十一日までとして貸付けた事実ならびに上告人入山が本件第一土地上に本件第一建物を、第二土地上に、第三建物をそれぞれ所有して、右各土地を占有している事実を認定しているのであるから、原審が上記清和コルク工業所から本件土地の賃借権の譲渡を受け本件土地を適法に占有しているとの上告人の主張に対し、借地法の法定更新の規定は、国有財産法第二十一条第一、二項の規定に照らして国有財産の貸付についてはその適用がなく、清和コルク工業所の有した賃借権は昭和二十七年三月三十一日の経過によつてすでに消滅したから、右上告人の主張は失当であると判断したのは上記国有財産法の解釈を誤つた違法があるものといわなければならない。
しかしながら、本件土地は被上告人が国から払下を受け、昭和二十九年二月十七日その所有権移転登記手続を経たものであることは、原判決の適法に確定した事実であり、原審が右被上告人の所有権取得以前に上告人入山が前記同人所有の本件第一、および第三建物につき上告人名義の登記手続を経由した事実のないことを認定し、上告人等は本件土地の賃借権の譲受をもつて被上告人に対抗することができない、との判断をなしていることも原判文上明かである。本件記録によれば、上告人入山が合資会社清和コルク工業所から本件土地の賃借権の譲渡を受けるについて、所有者である国の承諾を得た事実についてはなんの主張もなしていないことが明らかであるから、かりに清和コルク工業所の有した本件土地の賃借権が法定更新せられたものであり、上告人入山がこれを譲受けたものであるにしても、上告人入山は右譲受けを国に主張することができず、適法な賃借権を有しないのであるから、国から本件土地所有権の譲渡を受けた被上告人に対してもまた、地上建物についての登記の有無にかゝわず、右賃借権の譲受をもつて対抗し得ないことはもちろんのことである。上記原審の判断は、必ずしも明確ではないが、右と同趣旨に解し得られないではないから、原審が上告人等は本件土地を占有するについて、被上告人に対抗し得る正当の権限を有しないと判断し、被上告人の本訴請求を認容したのは結局において正当に帰するものといわなければならない。そうだとすれば、上記国有財産法の解釈適用を誤つた違法は、原判決に影響を及ぼすことが明かな法令の違背にはならないから論旨は採用することができない。
同第二点について、
原判決は「被上告人はその用地が手狭になつたので、国に対し本件土地等の払下を申請したところ、被上告人は既にその隣地の払下を受けていた関係から、法定の特別縁故者として、本件土地等の払下を受けたものであり、右払下申請当時においては従前右土地を使用していた訴外日本燃料株式会社および合資会社清和コルク工業所は既に倒産解体して、払下を受ける能力がなくなつており、また現実に本件土地を使用していた上告人等は右土地についてなんらの使用権限をも有しなかつたので、国は払下にあたりこれらの者の申請の有無および土地使用を特別に考慮することなく払下を進めたものである。」との事実を認定しているのであつて、右事実は原判決の挙示する証拠によつてこれを認めることができる。外に、特別の事情の存在についてなにも認定されていない本件では、上告人等主張のように、被上告人が、ことさらに上告人等が本件土地上に建物を所有し、居住している事実を無視し、上告人等の利益を害することのみを目的として本件土地の払下を受けたものであることを認めることはできない。その他被上告人が上告人等に対し本件建物の収去および本件土地の明渡を求める必要性についての原判決の判示は十分になつとくのいくものであり、右原審の認定した事実関係のもとにおいては、被上告人の本訴請求は権利の濫用ではないと解するを相当とするから、論旨は理由がない。
よつて、本件上告は理由がないから民事訴訟法第三百九十六条、第三百八十四条によりこれを棄却することとし、上告審での訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 杉山孝 裁判官 山本一郎)
上告理由書
第一点権利が存続していること
一、神奈川県平塚市黒部丘三二七ノ一乃至七の旧国有土地は終戦後間もなく普通財産に編入された為に、これを民間人の一般の使用の為に賃貸借出来る様になつたことは記録上明白である。而してこの土地及び地上の工作物が昭和二十一年十月頃から数年間に亘り訴外大日本興業株式会社(旧商号日本燃料工業株式会社)に賃貸されていた。昭和二十五年四月一日からは右土地の内(同番地七)二六四坪一合は訴外合資会社清和コルク工業所(以下清和コルクと称す)が賃借していたものである。この法律上の性質は判決理由書に示す如く賃借権である(……右使用許可の性質は賃借権と認めるべく云々、とある如く)。只判示の如く期間の経過によつて当然消滅するものであるかどうか、という点である。国有財産法第二十一条第一、二項は建物所有を目的(第一項第二号)は三十年迄貸付けることが出来、且つその期間は更新することが出来ることゝなつており、判示によれば借地法の法定更新の規定は適用されない旨示されているが国有財産法には他に判示のような結論を出す規定がないから、この場合には一般原則に従つて民事法の規定を適用若しくは類推解釈して、本件借地契約は解除されない限り更新されるものと解すべきである。尚本件賃料支払いについては、前審で上告人入山キクヱの証言、問「あなたの建物になつてから地代を払いましたか」答「いゝえそれはこの土地の払下げの申請をしていたので管財の前の所長さんが払下げになつたら一諸でいゝからといわれたのでそのまゝになつています云々」とある如く国としても本件土地の賃貸借契約が消滅しているとは解していない事実が認められるのである。その土地の所有権が被控訴人に移つたからといつてその権利が消滅するものでなく、又借地人が地上建物を第三者(上告人)に移転したからといつて契約解除の手続を踏まない限り消滅するものではない。昭和三十六年十月三十日付上告人等代理人の準備書面の五項の清和コルクが昭和二十七年春頃解散云々とある解散とは会社の法律上の解散ではなくして、事業を中止する為に事業の解散を意味したことである。
第二点権利の濫用
一、民法第一条、同条ノ二は、戦後私権についての大原則を定めたものであつて、法律の制定、解釈、運営、契約等全般に亘りすべてこの精神に基づかなければならない。一私人(法人)の権利行使が他人の権利を著しく侵害することは権利の濫用となり私法の根本概念に反するもので、これは許されないものである。
二、本件土地(同番地ノ七)の払下申請については、被上告人の申請と同時頃に訴外清和コルクがその払下の申請をしていたことは第二審証人秋山重忠、管谷富蔵、上告人入山キクエの各証言に照しても明らかであつて、その申請書は故意に当時の管財の所長である細谷房吉の為に紛失された如く見受けられ、その申請のあつたことは国としても充分承知しており且つ競願人である被上告人も当然之を知らなければならない状況にあつた。仮りに被上告人が之を知らないとしても、本件地上には上告人等の民有建物があつたことは充分承知しているところであり、且つその払下げに当つては、被上告人等に於てこの建物を解決する旨を国に申出て払下げを受けている事実があることは、前審証人原田圭次郎、村井良吉等の証言にも明らかであり、尚原田証人は本件土地に清和コルクが之を使用し且つその建物に関係者が居住していた事実を充分承知しているのである。尚同証人等がその建物の所有関係が判らないと証言しているのは全く虚偽の証言で、当時この建物については市役所で差押えた事実、又その建物に住居者が居つた事実等からして直ちに判明するところであるのに、その権利関係が判らなかつたということは全く虚偽の証言であると言わなければならない。次に国有地の払下げについてはその使用者に優先して払下げることが、その取扱上決つていることは証人早野市三の証言の如くでこの事実も被上告人としては知つていなければならないことである。それ故に上告人等がそこに建物を所有し居住していることを無視して払下げを受けて自己の権利のみを主張することは権利の濫用と言わなければならない。
三、判示理由の中に被上告人がこゝに倉庫業を営んでおり、その倉庫を消毒する為に有毒性のガスを使用することがあるから、之に密着又は接近しているから危険であると認定するのは本末顛倒の理由で、元来有毒ガスが外に漏れるが如き設備方法を取ることは許されないのに、そのことは不問にして、付近の人に迷惑があるからいけないと言うべきことは誤りである。尚被上告人等の居住している為に盗難、火災の予防の必要があるが如き理由は生じない。被上告人会社の東口の出入(出入口は西寄りにも大きなものがある)についても、上告人の建物と東側境界との間は四メートル乃至六メートルの間隔があり、大型貨物自動車の出入りについても何等支障はないことは判示図面によつても明らかである。